Humanoidoのつぶやき

人間を辞めると人間が見えてくる

 
8
10
19
22
27
07


スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

蝉時雨

夕食後、珈琲カップを手に庭に出た。
パラソルの下に座り、まず、蚊取り線香。
枝垂桜から蝉時雨。いさら川のせせらぎの音
も聞こえないほど。夏ですね。明日は花火でも。
それと井戸で冷やした西瓜など。

先日、小さい暑気払いをした。その際、高級ビールの
差し入れがあり、毎日この世のものとはおもえない
贅沢。しかし、それももうすぐ底をつく。そのあとは
生協で買った発泡酒が待っている。なさけなや。

明日から8月、銀座松坂屋の作品展が間近。過去の作品の
おもしろいものを大幅にリフォーム。最近の作品との違い
を再確認。以外に、どこか弱気、おっかなびっくりの作品
が多い(過去)のにはおどろき。でも、大幅なリフォームは
解く作業からはじまり、うまくいくとはかぎらないので、
効率は悪いです。

スポンサーサイト

悠々自適

それは、プラス思考が前提の一つであろう。
お金と暇と健康がありあまっていても、どこかに
マイナス思考があると、悠々自適に生活できない。

お金というものは、不思議な物で、一生食べていくだけ
あれば苦労がないかというと、決してそういうものでは
ない。世の中の経済に連動しているので、増やす苦労、現状
を維持する苦労があり、減れば不安になる。
経済が大変動すれば、無価値にもなる。

暇も、それをもてあますと苦痛になる。体のどこかに異変が
おこり、それを気にしだすと、最悪の事態を考え、落ち込む。

所詮、人間というものに完璧はない。わかっていても、そううまく
思考できないのも人間。いい言葉だけで、脳をごまかせない。

悪い状況を深く見つめないというのも、その人の才能。私は、
臭い物には蓋をして、ゴミの日に出してしまうことにしている。

人生は、激流にかかった1本の丸太を渡るようなもの。けっして下を
見てはいけない。荷物はできるだけ捨て身軽になる。向こう岸の1点だけを見て、ゆっくり歩いて行くのがいい。
万が一、落ちても、運がよければ助かるケースもあることを安心
材料として。

また、悠々自適に生きるには、できるだけ多くの物を捨てるのがよい。
特に欲がらみのものを。

以前、貴方ほど悠々自適な暮らしをしている人はいない、と
言われたことがある。そのときは、そう見えるだけで、違うと思った。しかし、今の暮らしは、素直に肯定できる。プラス思考ができるように
なったし、そうとう物を捨てたので。

中心を出すということ

一時期、陶芸に夢中になり、自己流でがんばったことがある。
小さい電気釜を買い、毎晩、焼いていた。
しかし、進歩しない。陶芸は基礎が大事で、特に中心を出せないと、
素人そのももで終わる。

それがわかり、あきらめた。

洋服は、その点、難しくない。だから私でもできる。私は縫製に関して
は、基本とか基礎という概念を持たない。必要でないばかりか、デザインの邪魔になる。かなり荒っぽい意見でごめんなさい。

洋服が難しくないといっても、たくさん作っていると、まれに、中心
が狂っているのもある。着てみるとどこか違和感がある。

そんなときは、一部を手直ししてもだめ。この春、小田原の古布美さん
から、何かこの服おかしい、と、6ヶ所ものお直しの依頼。結局、返品
というにしてもらった。

その作品は、以来気になって、どう手直ししようか迷い続けていた。
やっとのことで決断。元の生地に戻して、他の生地と組み合わせる
しか方法はないでしたね。御迷惑をおかけしました。


中心を出すということに関して、材質の異なる素材を組み合わせる
場合は、単なる寸法上の整合による中心を出す方法は役にたたない。
その場合は、感性にたよるしかない。メジャーを当てて、左右の身ごろ
の寸法をはかっても意味がない。よく私の服の寸法をはかって誤差を
指摘する人がいるが、私の服を理解できない人である。
DSC02369.jpg

教室このごろ

ソーイングの教室を週2回、月曜と土曜に開いている。
初回は、ベストを2時間以内で完成させる。私は口は出すが、
手は出さない。

ミシンなど縁のない人が、それでも完成させる。出来栄えは
私と変わらない。私が下手なのか、生徒が上手なのか。
そのいずれでもない。
簡単ソーイングというものはそういうものであり、それでいい。

生徒の作品も、私の作品の中にまぜておくと、どれがどれだか
区別がつかない。

かって、私の作品の中にアパレルの作品を混ぜておいた。そして、
その道のプロにどれがアパレルでどれが私のかを判定させた。
まったく区別がつかないと降参した。

縫製とはその程度のことであり、重要なのは感性である。私と
生徒と圧倒的に違うのはその感性である。

私の教室は、その感性を磨くいわば道場みたいなものである。

生徒が増えつつあるが、一度に2人くらいしか教えられない.
が、それでいいと思う。

姓名判断

昨日、藤沢の遊行寺で占いのイヴェントがおこなわれていたので、
行ってきた。絹子の石川県の友人が出ていたので。

その人の先生という人に占ってもらった。占いもさることながら、
状況判断がすばらしい人だ。こまっていることは何ですか?相手は?
それなら、こう対処するのがいいでしょう。相手の方はこういう
性格だから、と。

非常にわかりやすい説明で。もやもやが解消されます。
経営コンサルタントもなされているとのこと。特に自由業
のコンサルタントは得意。こんど相談に行こうかな。

その先生の奥様も占い師で「姓名の真実」愛本洋子著、は
売れ行き好調とのこと。

ちなみに、私の姓名判断は、司法書士は向いていないが、デザイン
は天職とのこと、人間国宝並み(褒めすぎとの前置きあり)とも
言えるらしい。占いによると、私はそうとう真面目な性格らしい。
この点、絹子は首をかしげっぱなし。わかってないね。

作家活動に関し、絹子とは、どっちが上というのではなく、お互いホロウしあうのがいいらしい。IMG_0472.jpg

あげまん

本日は、偶然にも新規のギャラリーさん二件から
個展のお誘いがあった。
スケジュールは調整して、なんとか成功させたい。

誘われるうちが華で、誘われなくなったらお仕舞。
2年ほど前に、デパートからギャラリーへシフトしはじめ、
それが功を奏した感がある。最近はそれに加え、常設店が
2件でき、バランスが良くなってきた。

どんなに人気が出ても、それが永続することはない。だれでも
そうである。だから、常に新規にアンテナを張っておく必要が
ある。長くて5年と思っている。

とにかく洋服で生計を立てるということは大変なことである。
幸い、教室関係が活気づいてきたので、さらにバランスがよくなって
いる。教室がさらに発展するなら、プレハブの校舎を建てたいが。
成り行きに任せます。「あげまん」という言葉を信じてがんばりましょう。

山アリ、谷アリ

二日連続の晴天。草との戦争。これから午前中はその
大半を草取りに時間を割く。軍手をしてむしりとる。
絹子と暗黙の分担で、無言で動き回る。陶芸学校の生徒と
眼が合うと、挨拶。どんな印象なのか、この二人。
たぶん、へんな年寄りだろう。

午後はおスミさんが、姉を訪ねたいというので、車で
同行。車はラパン(軽)。

最近思う、少し前までは、乗っていた車はベンツやジャガー。
スーパーの駐車場に止めても、少しは周りを威圧できた。
今は、どこをみても自分らのより立派な車ばかり。

で、惨めかななどと心配したが。似合いすぎるくらいに似合って
しまって。石川ナンバーの軽が。

息子は最近レクサスに載っているらしい。私にもそういう時代が
あったから、今の軽が楽しいのだろう。最初から最後までそうだと、
たぶんめげるだろう。

そういう意味で、人生はうまく回っている。山アリ谷アリ。今は
山だと思う。
猫が来て10日あまり。体重は420gから600gを超えた。IMG_0467.jpg

寅から猫に

少し前までは、寅だった。干支も寅、それも五黄。
その勢いで、勇ましい服をデザインしていた。「軍服」
みたいと言われた。

最近は少しおとなしくなった。寅から借りてきた猫へ
変身(笑)。夏服はおとなしいのが多かった。そのせいか、
新作を売りつくすことができた。
そろそろ、秋冬物の製作にとりかかる。どんな感性が新たに
芽吹いているか楽しみ。
あいかわらずじゃむ染め主体であるが、昨年とは一味違うのを
期待したい。

梅雨が開けたのかどうか不明であるが、今日はいい天気だった。
春に蒔いた向日葵が咲き始めた。これから夏本番、絹子の
「暑い暑い」のぼやきを聞きながら、子猫の「みゃあ、みゃあ」
を聞きながら、どの家より暑い夏を乗り切るか。IMG_0457.jpg

猫の時間

一日を短い周期で、眠りと遊びを繰り返す。人間の創造を
超えたところの遊びを発見する。観察して、この点を学びたい。
デザインの参考になりそう。

きなこと千吉は、おれのアトリエが好きだ。そこには電気の
コードがぐちゃぐちゃになっている。ごみばこ、布。最高の
おもちゃがいっぱい。

気がつくと寝心地のいい場所を探し、二匹がおとなしくなっている。

猫は人間と同じ家にいても、その過ごす時間は別。猫の時間をすごす。
人間に飼われても、マイペース。当然のように餌を食べ、それに
ついて媚びない。
人間より猫の方が偉いのかも。

午後は教室。その、あとは猫と昼寝でも。

お金の哲学

自分のお金に関して不平を言ってはいけない。
「神様は、貴方に必要なお金を都合してくれている」
そんな諺がヨーロッパにある。

貴方の財布には、いつもどれだけのお金が入っていますか?

私は、つい最近までは20万円を入れておかないと落ち着かな
かった。そのお金もあっという間になくなり、すぐ補充。

しかし、今は、青いお札(1000円)が数枚でも気にならない。
今の私にとって必要なお金はその程度。神様はちゃんとその
お金をなんとかしてくれている。ありがたいことです。

かって、安いTシャツを着た若い家族が幸せそうにファミレスで
食事をしているのを見て、うらやましかった。

今、夢が実現した。

お金を失うことに関して、大きな不安があった。でも実際
そうなると、肩の荷がおりたようで、こんなにも楽なことは
ない。かって、毎月25日の給料日にはささやかながら、150万
の支払いが必要だった。それを25年間、まっとうできた。

今はその負担から開放された。息子が替わりに背負った。

人生にとってお金は、多ければいいというものではなさそうだ。
猫に小判の例えあり

自由の領分

もの心ついたころ、哲学に出会い、人間は生まれながらに
自由・平等だと教えられた。

それが生涯、とらうまのようにとり憑く。

しかし、不自由と不平等とうまく同居しないと、世渡りは
できない。

その「自由」について最近思うことがある。自由はその存在する
世界の広さに左右されるということ。その存在する
世界が広ければ広いだけその本領を発揮する。

その世界が狭すぎると、それはもやは自由ではなく不自由である。
自由を主張し、あっちでぶつかり、こっちでぶつかる。もはや、自由
ではない。

自由に生きるためには、その基盤である日常の精神的領域が束縛
の少ないものである必要がある。そういう精神的領域を偶然にでも
作り出せるか。

デザインの世界もそう。俺は自由だとうそぶいてあばれても、どこか
ぎこちない、むしろ自由を喪失している感があるケースもある。

あらためて家族周辺の環境の大切さを思う。

夏祭り

7月に入ってから本格的な梅雨。ほとんど晴れ間
がない。私も風邪気味で、気力が萎えがち。
植物もものによっては、元気がない。ズッキーニ
はついにほとんど溶けてしまった。

早く梅雨が開けてほしい。美味しいビールが飲み
たいね。このじとじとでは。

22日はこの地区の夏祭り。昔は神輿が町内を練り歩いた。
親戚の人が大勢遊びに来た。神輿好き酒好きの叔父は、
うれしそうに神輿を担いだ。その叔父も余命いくばく。

子供たちも、小さい神輿を自分たちで作り、町内を一周。
御祝儀をもらい、ガキ大将が分配した。そのなつかしい少年
時代の一こまを今も鮮明に覚えている。

今は、祭囃子のテープを流しながら、軽トラに積まれた
神輿が町内を一周するだけ。風情なし。

とにもかくにも、その夏祭りの22日までに梅雨が開けたらいいと思う。
ハイビスカスと切り戻しのブーゲンビリアも待ち焦がれて
いる。IMG_0452.jpg

木綿のパンツ

ボトムはめったに作らない。自信がない。ゴムで
ウエストを止める縫製しかできないパンツはプライドが、、、?
以前、小森縫製さんに依頼して綿のボトムを5枚作って
もらった。

そのいくつかをモニターとして着用しているが、そのはきごこち
のよいこと。一度この味を味わうと中毒。
ウエストが気にならないので、太ることへの警鐘が、、以外は
完璧。

いつかは型紙無しで、パンツをと思っていたのだが。やっとその気に
なれたので、なんとかものにしたい。
古布を使った個性的かつ違和感の少ないもの。
HPの新作に載せてありますので、チョッと見てください。

万吉の立場

きなこと千吉と対面した万吉は、大きな
衝撃をうけたようだ。それが何なのかは
わからない。

想像するに、つい最近、万吉は子猫を失った
。その面影がちらついている時に、同じくらいの
歳の子猫に遭遇してしまった。
つらそうな声で鳴きながら、バラス越しの子猫を追う。
頻繁に庭に来て、窓によじのぼり、中の様子を伺う。

餌だけは今後も、万吉に用意するつもりだが。

きなこと千吉は、日ごと自分たちに馴れてきた。
今日は、私の腹巻の中で、昼寝をした。二匹なので、
自分たちで遊ぶので助かる。
絹子が、猫に向っておれのことを、じいちゃんと呼ぶのは
許せない。
お互いに選択の余地無く、ファミリーになった感じ。これで、
海外旅行はさらに遠くになりにけり。

やまゆり、カサブランカ

台風が来る直前に、やまゆり、カサブランカが咲いた。
台風で汚される前に切った。IMG_0442.jpg

 

オーダーをうけてみました。

お客さんから、自分の着物の中からイメージが浮かんだ
ものをチョイスして、何か作ってくれと。DSC02357.jpg

 

子猫その後

一夜明けて。
絹子の推測によれば、この二匹の猫はどうやら捨て猫のようだ。
万吉の子ではない。昨日一度も顔を見せなかった万吉
が今朝は姿を見せた。

この二匹はアメショーの血が混じっていそう。これも縁。
面倒見ざるをえまい。とりあえず、命名。「きなこ」と
「でん助」。体重420g

豚皮で首輪を作った。

まあ、忙しい時に、猫の手を借りましょう。

子猫の怪

今日、絹子が畑で子猫二匹を発見、とりあえず
保護した。カラスから。
この先どうしたらいいか不明。

不思議なことにこれを機会に野良の万吉が
忽然と姿を消した。昨夜まで、多いときは一日
3回、少なくとも1回は餌をもらいに顔を出すのに。
昨夜は9時近くまで、遠巻きに居間でくつろいで
いた。
昨夜は、他の親子の猫が餌をもらいに顔を出す
事件もあった。

今朝、万吉の連れ合いとおぼしき「黒猫」と
たわむれていた。

何かその辺にこの事件を解く鍵があるのか。
いずれにしても、目撃者もいなければ、日本語を
しゃべらない子猫では真相は闇。

そうでなくても明日の米が心配な我家。この先、
扶養家族が増えてしまっては。
DSC02351.jpg

睡眠障害

意識すると病気であり、意識しなければ病気ではない。
私は意識しない。それにしても眠るのが下手だ。寝つく
のに2時間くらいかかる。洋服のデザインを考えていること
が多い。せっかく眠りについても、その後しばしば眼が覚める。

歳をとると、そんなもんかもしれない。昨夜は12時に寝たが
眠れず、やっと寝たかと思ったら、5時に眼がさめてしまった。
晴れているので、朝のさわやかな空気でも、いやゴミだしが、
で起きた。

蝶はまだ眠っている。このところの大量の雨で、草花は元気。
隣の膝の悪いおばあさんが、乳母車を押して散歩。カラスは
ゴミ置き場で餌探し。万吉も餌を食べに来るだろう。昨夜は
子猫の野良が庭に迷い込んで、絹子から餌をゲット。味をしめて
今日も来るだろう。
皆、生きることに必死だ。おれもだ。そう思うと、皆かわいい。

写真はズッキーニ。しばらくしたら食べられる。そういえば、昔、
Iさんが書いたズッキーニの絵はよかった。今も妹の家の
リビングに掛けられている。IMG_0427.jpg

ミニスカートと着物の襟足

男と女のファッションには大きな違いがある。
はずかしいといいながらも、女はミニスカート
をはき、みえそうな下着をバッグで隠す。
女の着物は昔から、襟足を大きく見せる。
その襟足の美しさを強調するために白粉を塗る。

女は男より、ファッションを通して自己主張
したがる。その中心は色気であろう。幾つになっても、
綺麗と言われたい。女のほとんどが自分が世界で一番
美しいと思いたがる。鏡よ鏡、、。

男の俺がレディースの服を作るとき、これを意識しないと
大変なことになる。
かって、夏にスカートをはいたことがある。もちろん家の
中で。それは、色気の問題としてではない。はきごこちの
確認のためである。

で、女を意識しての服作りの原点はというと、華やかな素材は
華やかに、そうでない地味なものは、どこか1箇所に華を咲かせる。その
一箇所が女の自尊心を満足させる。

この夏はいつになくノッテマスよ。こういうときはいっき攻めないと。
やがてくる大きな反動のためにも。

幟旗を使ったデザインの変遷と心理

5月の節句に外に立てる幟、それを洋服の素材として
使用することは、近年盛んである。
そのほとんどはストレートに使用する。

私は、数年前から、これを使っているが、ストレート
に使用する気にはなれず、柿渋で汚して使用している。
その作品のすべては売れてしまって在庫がない。

それはそれとして、最近、その幟旗をストレートに使用する
気になったのは、気持ちの大きな変化なのか?
多少の分析を要する重要な事件である。

以前にストレート使用を避けた理由は、どうデザインしても
ダサいということである。が、最近は、ストレートに使って
もダサくないデザインを思いついたからである。

それは、思いついたというより、いままで拒否していた素の
幟旗というものを、受け入れて自分自身と融合することができた
からであろう。

このことは古布を扱うデザイナーにとってきわめて大事なことで
ある。
古布の奇怪なエネルギーに振り回されるのではなく、また、それを
遠まわしに疑い深く見るのでもなく、素直に観察し、自分の感性
と融合してしまうこと。
難しい言い回しになってしまった。時の流れの中で検証していきたい。DSC02340.jpg

花と蝶

女が花で男が蝶か、両方とも女のような気もする。
最近、畑の一角が紋白蝶の楽園になった。突如出現
したお花畑による。

この春、ミックスの花の種を蒔いておいた。3畳
程度の広さであるが、百日草、コスモス、クレオメ
が同時に咲き出し、そこに紋白蝶が噂を聞いて集結
しはじめた。

色彩的には、赤、黄色、ピンク、緑、白。なんとも
さわやかな空間だ。薔薇がちらほらになり、淋しくなり
つつある夏の庭が輝き始めた。

切花を絶やすことのない妻にとってもよい助け舟だ。

こうなると秋の準備が気になる。秋は七草でいくか。

今年の七夕は天気が悪かったですね。何か、願い事は?
昨年は、3つ書きました。すべて叶えられました。
今年は、自分に関しては特になかった。それより、ここにきて
周囲に癌で苦しむ人が多くなったので、その回復を
祈った。IMG_0420.jpg

腰巻はなぜ赤い

男のデザイナーが、レディースを作る場合、その辺に
ヒントがありそうだ。

おれは、ずっと男っぽいレディースを作ってきた。自分を
トルソー替わりにすると、そうなる傾向が強い。

先日の石川県の個展でこんなことがあった。石川県での
古典はもう3年越し、その人は絹子の友人で、そのつど
来てくれる人だが、今まではとても触手が動かなかった。
しかし、今回は、以前とまったく違う服に思えたので、
その場で友人にも電話して、とにかく来い、今までと違うから、と。

たぶん、女らしさが前面に出てきたからではないかと思う。
そういえば「麻布衣」さんに預けた洋服はこれまで、すべて
売りつくしている。

何が女らしさか、女心と置き換えてもいいと思うが、腰巻の
色が赤、ということを十分に理解する必要があると思う。
この点を肝に銘じて、この夏は、赤いふんどしでもびしっとしめて、
制作活動に臨みたい。乞うご期待、、ちょん!DSC02335.jpg

完璧を捨てると世界が拡がる

昨日、麻布衣アトリエ(麻布衣オーナーの自宅)での
企画展を見に行った。私の服も3点出ていました。そこで
のお昼の美味しいカレーを食べているうちに2点売れた。
自慢(笑)。

その場に居合わせた人たちとしばし、談笑。今日のテーマ
はどこへ、話しが長い、、。ウへ!。
で、私が薔薇をたくさん栽培している話しになると、薔薇の
栽培は難しい、消毒やら、肥料やらはどうしている?との質問。

よくある質問だ。私は、ほとんど消毒はしない。アブラムシが
気になるときは、スプレーをするぐらい。虫に食べられた枝は
切る、病気の葉は取り去る。咲いた花はどんどん切花に(切りたがる
妻がいて助かる)。

肥料は生ゴミ処理機で作っている。足りない分は油粕。

剪定の難しくないイングリッシュローズが中心なのでこの程度
結構楽しめる。完璧に栽培しようなどとマニュアルに頼る
と自滅が待っている。枯れたら枯れたでいいのだ。運命を素直に
受け入れようぜ。
一番大事なのは、薔薇との会話。それとどんどん花を切ること。
「もったいない」、はいけません。

服の縫製にもあてはまります。完璧な縫製を捨てると、面白い
デザインが見えてくる。完璧なデザインを捨てると、大胆な
デザインが見えてくる。完璧は妻を、、、ウ、、ン。

妻の栽培の仕方?逆に妻には栽培してもらうほうがいいんじゃない
の。
発泡酒とおいしい餌とステキな会話で。

写真は来年返還される小さい森DSC02328.jpg

その後の万吉

朝昼晩に来るようになった。餌の購入も。
大人なのに身体は非常に小さい。
勝手口を開けておくと入ってくる。閉まっていると
ドアの外で待っている。

野良なので、警戒心は強い。人間を避ける。一定の
間合い、距離を常に保とうとする。

が、その距離がすこしづづちぢまっている。
絹子はかって、何匹かの野良をてなずけたとのこと。
飼い猫的になるには数ヶ月をようするらしい。
万吉は子猫ではないので、むずかしいかも。

それでも、顔をみせないと、淋しい。家族になりつつ
あるのか。DSC02332.jpg

half a glass of wisky

今から30年くらい前の大学のスピーチコンテストで優勝した人の
タイトルです。そのころかなり有名なスピーチでした。とても印象
的なので、今でも覚えています。

内容は、プラス思考に似ています。ようは、半分入って
いるウィスキーを半分しかと思うか半分もと思うかです。

マイナス思考よりプラス思考がいいと思うが、問題は、
どうしたらプラス思考をとれるか、またそれを維持できるかで。

思うにそれは欲とか、人生観に関連している。人生に大きな
不満をもって日々生活していると、それを埋めようとして、マイナス
思考に走る。プラス思考に転換するにはその不満そのももを解消
しなければならない。

大きな不満がなければ、たいていのことは「よしよし」という
ことになり、よいふうに解釈しろといわれれば、むりなくそう
できる。

話しをおお飛ばして、もし、あなたが、今、一つだけ叶えられる
ことがあるとしたら、そいつは何か。夢もそうだし、性格を直す、
なんてのもそう。

おれは、あまり意識していたことではないが、「心の安定、平穏」
のような気がする。これが得られると、欲に関して、楽になる。
そこから、もろもろのプラス思考が得られる。

この1年、多くのものを失った。それにより、コップのウィスキー
は残り少なくなった。しかし、まだわずかながら残っている。
その満たされていない多くの空間を、新しい気持ちで少しずつ埋めて
いくことはすばらしいことだと思う。

今、コップが充分満たされているあなた、少しこぼさないと新しい
ものは入ってきませんよ!

赤とピンク

洋服つくりにとって、色は命。それは好みと密接。
ずっと、茶系が好きだった。茶という色は、いろんな
色のミックスで出来る色である。けっして派手ではない。
自己主張しない、遠慮がち。自分の性格そのものでも
ある。(マジ)。

その反動色として、赤を使うことはあった。ピンクではなく。


最近、なぜか、ピンクを使うし、ピンクのランニングなど
重ね着に好んで着るようになった。

そこで、赤とピンクの違いが何かか重要となる。赤は強さの
アピールである。ピンクは明るさ、やさしさの主張であろう。
年配になってピンクを好む方が多い。赤よりピンクの
方が需要が多い。売れる。

そのピンクは、私の場合、白系の着物を化学染料で染めて作る。同じ
染料でも、下地の色の変化で、かなりのバリエーションが得られる。
暗い色の洋服が多い私にとって、いいバランスだ。

この珍現象は心境の変化だろう。たまには、「狂気」的な作品も
つくりたいが。DSC02323.jpg

明日の記憶

昨夜、TVで「明日の記憶」という映画を観た。
内容的には難しすぎた。が、「家族の絆」が一つの
テーマのようでも。そう思ってみていたが、今の
おれをそこに置いたら、どうなるか。

が、それより、そのドラマの最終章で、ある陶芸家の
飲んだくれの老人のセリフが気に入った。「酒、食い物、
女」これがあればいい、と。女を気の会う連れ合い、という
言葉に置き換えたいが。今のおれにはこの三種の神器がある。

今日は、絹子の人形教室と、おれの教室がかちあった。総勢
8人の生徒さんがこの狭いベニヤ御殿に。

異常気象の中身

今だ、ぶうぶう庵にお客は来ない。
午後に。絹子と「さくら」になって、そこで
お茶をした。隣の石川農園のお嫁さんが通りかかったので、
引きずり込んだ。

世間話に花が咲く。そんな中、今年は異常気象で野菜
がおかしい、とのこと。日中と朝晩の温度差の異常
がその原因らしい。鶯がこの時期まで啼いているのもその異常
の一つ。どうりで我々素人の野菜が育たないはずだ。

そのあとは、おスミさんを呼んで3時のお茶。

畑やら、庭やらを急に広げた。その労働の疲れがいっきに
きた。しばらくはおとなしくせねば。

昨日から、縫製教室がはじまった。2時間以内でベストを完成
させ、帰りはそれを着ていった。以外に簡単に縫ってくれた
。おれの縫製術は超簡単。おれでもできる。

今日から、7月。本当に今年も半分終わってしまった。地球の自転
の速度が速すぎる。


プロフィール

薔薇男爵

Author:薔薇男爵
横浜市泉区在住、男性
妻と猫2匹

最近のトラックバック
カテゴリー
FC2カウンター
現在の閲覧者数:
無料カウンター
FC2カウンター
ブロとも申請フォーム
 
ブログ内検索
 
 
 
 
 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。